2014年8月4日月曜日

「ウルの牡山羊」シガリット・ランダウ展のレヴュー(日本語版)


※いままで日本語版を発表していなかったので、ここに日本語版を掲載します。
この記事は、中国語版ウェブArtForumに2013年6月に掲載した記事です。



「ウルの牡山羊」シガリット・ランダウ展のレヴュー

 現在、銀座メゾンエルメス8階フォーラムでは、シガリット・ランダウの個展『ウルの牡山羊』(2013年5月17日-8月18日)が開催されている。シガリット・ランダウは、1969年エルサレムに生まれ、イギリスやアメリカなどでの暮らしを経て、現在はイスラエルを拠点に活動しているアーティストである。彼女は、パレスチナ問題、ユダヤ人の歴史、グローバル資本主義、ジェンダーといった自らのアイデンティティの問題を、作品のテーマとして積極的に取り入れてきた。
 《茂みの中へ[Out in the Thicket]》(2013)は、巨大なオリーブの木を収穫機によって激しく揺さぶり、実を一気に振り落としている映像を4面のスクリーンにプロジェクションと、観る者に心理的圧迫を感じさせるほどの轟音で構成されたインスタレーションである。穏やかな果樹園の光景を突如切り裂く収穫機の映像には、その場の録音だけではなく、女性の悲鳴のような声がヴォイス・オーヴァーで重ねられていて、劇的で強い象徴性を持っていた。
 展覧会と作品のタイトルは、アブラハムが神に命じられ息子イサクを生け贄に差し出そうとする旧約聖書の逸話を示唆するものであり、展示作品と結びつけると、ここでテーマとなっている問題は「犠牲」であることがわかる。
 そして、激しく震えるオリーブの木は、痙攣した人体のようであり、振り落とされる大量の実は、子どもの隠喩として擬人的に見えてくる。つまりこの映像は、宗教的な悲劇の表象でもあり、まるで拷問を映しているかのようだ。そこには目を背けたくなるような「痛み」と、木の震えに感じられる強い官能性が現れていた。イスラエルに住むランダウの歴史的なリアリティとして、この作品は強い説得力を感じさせた。
 だが、この作品を一つのドキュメンタリーとして捉えると、無視することのできない別の側面も見えてくる。
 映像に映されているオリーブの果樹園は、イスラエルのキブツ(集産主義的協同組合)に属しているが、栽培は古くからパレスチナ人労働者によって行なわれている。これらの果樹園での労働環境は、決して安定したものではない、とランダウは説明する。オリーブの果樹園は、イスラエル―パレスチナの不安定な政情下でいつ収穫できなくなるかわからないものである。またオリーブの木は防護壁を造るために、イスラエル政府によって切り倒されることも少なくない。パレスチナ人労働者は、軍隊に護衛してもらわなければ安心して果樹園に収穫に行けないこともある。このような環境で迅速にオリーブの実の収穫を行なうためには、収穫機によって機械的に一気にやらなければならないのだ。収穫機の観る者を戸惑わせるほどの暴力性には、そのような背景が存在しているのである。
 つまり、《茂みの中へ》をイサクの犠牲を結びつけた宗教的な映像として観るならば、パレスチナ人は機械を操作する加害者を演じているのである。そして、オリーブ栽培の状況を示すドキュメンタリー映像として観るならば、不安定な環境で働くパレスチナ人はイスラエルの政府や国民から抑圧されている被害者として存在している。彼女がここで描こうとしているのは、どちらのメッセージを重視しているのか。この問題はイスラエルの表象としてきわめて現実的で深刻な問題であるといえる。ランダウの二重性は、イスラエルでグローバルに活躍するアーティストとしての慎重な態度であることは間違いない。そして、宗教的な構造を作品に持ち込むのは、政治的問題だけでなく、世界的な美術市場からの要請も少なからずあるだろう。
 だが、政治的な正しさ考えるのであれば、いまイスラエルで必要とされているのは、むしろすべてに絡まっている(ようにみえる)宗教的な問題を外して社会的な構造を考える必要性があるのではないだろうか。もちろんこれは私の一方的な考えである。ランダウが、イスラエルのパレスチナ人への圧迫を嘆くのであれば(彼女はパレスチナ人の迫害について語っている)、宗教的な象徴性はむしろ誤解を招く要因となってしまっている。
 しかしランダウには、イスラエルとユダヤ人の歴史を被害者と加害者に区別することのできない、という感情が明らかにある。
 本展で出品されているもう一つのインスタレーション作品「火と薪はあります[Behold the Fire and the Wood]」(2013)には、50年代イスラエルの典型的な住居空間が再現され、台所のコンロからは4人の女性のおしゃべりの声が聞こえてくる。そこではそれぞれが異なる国からイスラエルに移住してきたユダヤ人女性の過酷な個人史(シオニズムの歴史)が、穏やかな雰囲気の中で料理の話や歌声とともに語られている。
 「ウルの牡山羊」を構成する2つの作品は、タイトルに示されるようなアブラハムとイサクという父と息子の物語は、母と子=木と実にふりかかった悲劇―歴史へと置き換えられている。
 この態度は、彼女が出産し母になったこと、それとほぼ同時に母親を亡くしたことと関係している。旧約聖書を参照するのは、イスラエルの歴史的な問題というよりも、母と子の営為や、ふりかかる暴力的な出来事を、個人のプライベートな問題ではなく、普遍的な問題として描こうとしているのだといえるだろう。彼女は、イスラエルとユダヤ人の歴史を直接的にイメージとして扱いながらも、作品の目的は、政治的なものではなく、政治的なものを無視することの政治性だという。しかし、そうであるならば彼女のテーマから宗教的な雰囲気を外して語ることはできなかったのか。このことについての抵抗感はすぐに拭えることはできそうにない。


参考リンク 
・WIRED-イスラエルの女性作家、シガリット・ランダウの日本初個展がメゾンエルメスにて開催
http://wired.jp/2013/05/13/hermes-sigalit-landau-exhibition/

・A Tree Standing, 2012
http://www.sigalitlandau.com/page/video/v_tree.php 

・Sigalit Landau
http://www.sigalitlandau.com/









2014年7月17日木曜日

トークイベントに参加します。


僕が浜田知明論を執筆した「 クリティカル・アーカイヴ vol.2  前夜/前線 Critical Perspectives on World War II and Painting 」の刊行を記念して、全執筆者が参加するトークイベントを行ないます。最後はヴォルス論を中心に行ないます。興味のある方はぜひお越し下さい。

また、『クリティカル・アーカイヴ vol.2 前夜/前線 Critical Perspectives on World WarⅡand Painting 』 は、読み応えのある本ですし、現在を、あるいは美術を考えるうえで、非常にアクチュアルな内容になってると思いますので、ぜひ手にとってみてください。
よろしくお願い致します。

「 クリティカル・アーカイヴ vol.2  前夜/前線 Critical Perspectives on World War II and Painting 」
研究冊子刊行、トークイベント開催のお知らせ

このたび、ユミコチバアソシエイツでは、20世紀絵画を独自の視点から論じた研究冊子「クリティカル・アーカイヴ vol.2 前夜/前線 Critical Perspectives on World War II and Painting」を刊行いたします。
シリーズ2回目となる今回は、「戦争と絵画」をテーマに、批評家、美術家、学芸員、美術史家として活動している沢山遼、石川卓磨、弘中智子、河本真理の各氏を迎え、それぞれの見解を持ち寄り、日本と西洋の20世紀絵画の再検討を行います。 香月泰男、浜田知明、福沢一郎そしてヴォルスといった、主として1930年代~50年代に第二次大戦を通して新たな絵画的諸問題に直面した画家たちの実践が取り上げられています。

尚、刊行を記念して、全執筆者が参加するトークイベントを開催いたします。今回は特に熱いトークが繰り広げられることと思います。
ぜひ、ご参加ください。

【新刊 『クリティカル・アーカイヴ vol.2 前夜/前線 Critical Perspectives on World WarⅡand Painting 』 】
「限界経験と絵画の拘束――香月泰男のシベリア」沢山 遼(美術批評)
「戦争と銅版画―浜田知明の「戦争」画について」石川卓磨(作家、美術批評)
「福沢一郎と戦争 ―絵画と研究所― 」弘中智子(板橋区立美術館学芸員)
「ヴォルス ――戦争/収容所/綜合芸術作品」河本真理(美術史家、日本女子大学教授)
発行:ユミコチバアソシエイツ
発行日:2014年6月22日
仕様:A5サイズ、本文160頁、和英表記
販売価格:2,800円(税別)
協力:(株)ヒューリスティック http://www.heuristic.com/

【トークイベント Session 4:「前夜/前線」刊行記念―ヴォルス論を中心に】
沢山遼×石川卓磨×弘中智子×河本真理
日時:2014月年8月1日(金)19:00-21:00
会場:Yumiko Chiba Associates viewing room shinjuku
参加費:500円(レジュメ付)
*事前予約制
*当日に限り、研究冊子を特別価格2,500円(税別)で販売いたします。
<お申し込み方法>
件名「前夜/前線トークイベント」、お名前、電話番号をご明記のうえ、event@ycassociates.co.jpまでメールでお申し込みください。
*定員(20 名)になり次第、受付を終了いたします。
*ギャラリーからの返信メールが届かない場合は、営業時間内にお問合せください。

*プロフィール等、詳細はプレスリリースをご覧ください。 Download

【お問い合わせ】
ユミコチバアソシエイツ Yumiko Chiba Associates 
〒160-0023東京都新宿区西新宿4-32-6パークグレース新宿#316
Tel:03-6276-6731
Fax:03-6276-6738
URL:http://www.ycassociates.co.jp
e-mail:info@ycassociates.co.jp




五月女哲平「記号ではなく、もちろん石でもなく」 展にあわせてテキストを書きました。

五月女さんの展覧会にあわせて、「等身大の生、柔らかなモダニズム」というテキストを書かせていただきました。
ホームページ上でも読めますが、ぜひ会場で読んでいただけたらと思います。
よろしくお願い致します。

五月女 哲平「記号ではなく、もちろん石でもなく」 7月19日- 8月23日 ※ 11- 19時 日祝休 夏期休廊 8月10-16日  青山|目黒
http://aoyamameguro.com/exhibitions/neither-a-symbol-nor-a-stone/

2014年6月21日土曜日

「クリティカル・アーカイブvol.2|前夜/前線」が完成しました。

「クリティカル・アーカイブvol.2|前夜/前線」が完成しました。 小沼宏之さんにデザインしていただいています。すごくいい本になったのでとてもうれしいです。英文併記です。 


2014年5月24日土曜日

第6回 「ASLSP/夜会議」(2014年5月2日)のレポートをアップしました。

5月2日に行なったASLSP−アスレスプの「よそ者としての芸術」についてのレポートをアップしました。
森田浩彰、木原進、高嶋晋一、沢山遼、狩野愛、勝俣涼、當眞未季 
司会:石川卓磨

http://aslsp2.blogspot.jp/2014/05/6-aslsp.html


2014年4月22日火曜日

僕がインタビューした記事が載っている「ART CRITIQUE n.04 メディウムのプロスティテューション」が予約を開始致しました。

「ART CRITIQUE n.04 メディウムのプロスティテューション」に、原始技術史研究である岩城正夫先生にインタビューした記事が掲載されています。

表紙および目次情報を公開しました。→
予約はメールにてできるそうです。

よろしくお願いします。

2014年4月2日水曜日

第5回「ASLSP/夜会議」(2014年3月29日)のレポートをアップしました。

3月29日に行なったASLSP−アスレスプの「スキャンダル-芸術と社会」についてのレポートをアップしました。参加メンバーは、石川卓磨、小口菜緒実、勝俣涼、狩野愛、川原卓也、木原進、後藤桜子、高木生です。こちらで読めます→